泡沫

そんなこととか 君のこととか

2023.12.09

ずっと見てみないふりをしていたし、ずっと我慢していた。

私は外で手を繋ぎたかったし、お揃いの指輪だって欲しかった。朝帰りはやめてほしくて、やめてくれていたけど、飲み会の日は不安で「終わって電車に乗ったよ」と連絡が来ないと眠れなかった。

それなのに、このあいだ付き合ってはじめて飲み会の途中に「おやすみ楽しんでね」と自分から連絡を入れて眠ることができた。私の家に友達が遊びに来てくれる数日前、翌日仕事のわたしに合わせて家を出なくていいように合鍵を返してもらったとき、もしかするともうこの合鍵を恋人に渡すことはないかもなあなんてぼんやり思っていた。そのときは、このぼんやり浮かんだ気持ちにも見てみないふりをしていた。その友達に「長野に行ったら、わたし本当に長野に行きたくなっちゃうと思うんだよね」と話したとき、この本音には見てみないふりをせずに向き合いたいとつよく思った。

長野から帰ってくると、あこがれと決意がはっきりとした。もう自分の気持ちと、やっとみつかったやりたい仕事に目を背けてはいけないと思って、はっきりと別れたいと伝えたら、驚くほどまっすぐに別れたくないとつよく引き留められた。恋人のあんなにもまっすぐな言葉と、悲しい表情をはじめてみた。2年半一緒にいて、はじめて見たんだ。

それでも、遅いよ。と思った。もう遅いよ。

話しは平行線になってしまって、よく考え直してほしいと言われて、つかれてしまったから昨日は一旦平行線のままにした。

正直、あんなにも引き留められたら少し気持ちは揺らぐけど、それでもやっぱり私は長野に行きたい。あこがれの仕事、あこがれの街で生きていきたい。

新卒から3年の間に3度の転職をしたこと。退職ごとに寝るだけの生活をしていたこと。お風呂に入れなくて、自炊なんてもってのほかだったこと。誰かに聞いてほしいのに、なかなか誰にも言えずにいたこと。本当は仕事に対してやりがいを求めたいのに、生活のために今はまったくやりがいのないアルバイトをしていること。劣等感。コンプレックス。退屈。初めて会う人や、久しぶりに会う人に「(仕事)何してるの?」と聞かれるたびに「フリーターなんですよね笑」とか、「歯科衛生士です。(前職)」と嘘をつく自分がみじめで大嫌いだったこと。ずっと苦しかったこと。

だから、やりたい仕事がみつかって前を向いてる今のわたしを、わたしは大切にしたい。

明日、恋人に昨日よりもはっきりと別れたいという強い意志と、ありがとうとごめんねを伝える。

人生の転機だから。この気持ちをずっと覚えていたい。

 

光の方へ / カネコアヤノ

 

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この文章を残したあと、Suicaを落としてしまった。私がいつか手に取りたかったブランドのパスケース。恋人がプレゼントしてくれたもの。このタイミングでなくなるだなんて、やっぱりお別れが正解なんだね。落とし物として届いている可能性がある4線に電話をかけたけど、みつからなかった。そのうちの1線のオペレーターの方が「Suicaは別にいいけど、パスケースが返ってきてほしくて。」とお話しすると、「大切なものなんですね。お手間かとは思うんですけど、再度お電話いただければ何度でもお調べいたしますから。またご連絡お待ちしていますね。」とこの上なく親身でやさしい声をかけてくれて、胸がいっぱいになって電話を切ったあと泣いた。